月曜日

とてとて17

盛岡で買った胡桃をようやく割った。
水に浸してから乾煎りして、マイナスドライバーでぐりぐりとヒビをこじあける。
欠けた殻が弾丸のように飛び散ったりしてけっこう危うい時間だった。
殻を割ってからも、なかの実を取り出すのにずいぶん苦労する。7割が粉々になってしまったけれど、欲しかったのは胡桃の殻のほうだからいいかな。それに、粉々の胡桃だっていろんなことに使える。カボチャと和えてサラダにしたり

きょうはぜったいお酒を飲まないと決めていたはずなのだけれど、ビリーホリデイを聴きながら、気がついたらブランデーを舐めている。もう1年くらい聴いているレコードなのに、さっき初めて、ビリーホリデイを知るきっかけになった曲が収録されていることを発見した。solitudeという曲。酔っ払ったときにばかり聴いていたから、ちっとも分かってなかった。ねむたくなってきて、まだお風呂もご飯も済んでいないのにこのままとろとろと気を失ってしまいたくなる。

パソコン上で完結するバイトは、はじめはいい条件だと思っていても次第に作業がむずかしくなってきて、けっきょく1ヶ月で単発1日分くらいしか稼げない。これに懲りてリモートバイトはやめてきちんと現場に出る機会を増やそうかなあ。人に会うことの不安定さと、報酬の保証されないことの不安定さ、どちらを取るか(こう言うことを考えるたびにもういいよ、もうどうでもいいよと心が拗ねてしまって消えたくなる)。

たくさん人に会って、わめいて、言うつもりのなかったことやうまく言いたかったのに失敗してしまったことがたくさんあっても、まだ私の手帳の中にしか共有されていないきもちの方がずっと多いと思う。じぶんについて洗いざらい共有されてしまうことや、共有されていると思われてしまうことが今でもこわい。こんなに窓の多いひらけた場所を選んで生きていて、勝手に隠れたくなっているのがそもそもちぐはぐなことなのだけれど。

冷え込みは日に日に厳しくなって、空気がしんとしていて、空がきれいで、頬がつめたくてほんとうにうれしい。街へ向かう曲がり坂を駆け上がるとき、深い森のような風がかおり立って切なくなって、友だちの隣にいるときとおなじきもちになる。うれしくて、本人にも今すぐ言いたくなるけれど、困らせてしまいそうでやっぱり言えない。ひっぱられて思うように振る舞えない。

ひとりの時間に満足しながら、心の中でずっとだれか、誰かってつぶやいて、あの子から連絡が来ないかな、あの子から手紙が来ないかなって頭の中がうるさくて、もう秋なのにぜんぜん腰を据えられないでいる。
なんの約束ごともないだれかに甘えたい、おおきく笑いながらどんどん冷えていく心の感触を、直にさわって確かめられたい。そんなこと出来っこないしよくよく考えればされたくもないのに、そうだといいのになっていつも思う。

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とてとて28

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