パソコンと向き合う時間が長すぎて、目覚めてすぐ眼精疲労を感じる。
いちど整えた布団のうえに、気だるく倒れこむ。奥行きのある匂い。
カーテンの端から差し込むひかりが、うつ伏せになった私の毛先を通り抜ける。
自然の光線に染められた毛の色は弱った眼にもやさしかった。
ひかりはただすり抜ける。
毛はひかりに染まりながらも、そのひかりを一瞬でさえ捕まえておけない。
大気も栄養も、ことばも音楽も思想も、ただこの身体を通り抜けてゆくだけのものだとしたら。
なにに染まってどのような色を纏うかという問題も、もっと先天的で自由の効かないものなのかもしれない。選択だとか、責任だとか以前の現象。
日のひかりを浴びた私の髪の毛はなすすべなくただひとつの色に染まる。自然にふれるということは、そうしたなすすべない現象に身を委ねるということ。そのときに感じる非力さが、ときに心を慰めてくれるのだということを、覚えておきたい。
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